さよなら小夜曲
2人で作ったご飯はとてもおいしかった。色んな料理を作って、
色んな話をしながら食べた。出会った時の話、告白してくれた時の話、
喧嘩した話、初めてプレゼントをくれた時の話……。
口を開けば次から次へと思いだされる。
ご飯を食べ終わったら、スペインは手を少しあげてちょいちょいと指を動かしてメイドを呼んだ。
スペインはメイドに内緒話をするかのようにそっと話をしていた。
メイドはスペインの話を了解したのか、柔らかく笑いながらうなづいた。
私は何の話をしているんだろう、と考えてみたけれど特に思い当たることもないので考えるのはすぐにやめた。
スペインとの会話が終わったメイドは私の方に来ると、
「こちらへ」と言いながら私を別の部屋を連れ出そうとした。
なにをするんだろうとスペインの顔を見ればにっこり笑って手をひらひらと振っている。
きっといってらっしゃいっていう意味なんだと思い、
私はメイドにされるがまま、食事をしたこの部屋を出て行った。
スペインは相変わらずにこにこしていた。
「おわぁぁぁ!!」
「これ、はずかしいよ……」
「そんなことないで、むっっちゃ似合おうとる!!」
私がスペインの元に戻ってくると、彼は目をキラキラさせて私を見た。
そう、私は食事をしている時とは明らかに見た目が変わっていた。
メイドに連れて行かれた私はドレスに着替えさせられたのだった。
こんなものを着るのは初めてなので、なんだか変な気がしたけれど、
スペインがとても褒めてくれたからこういうのも悪くない、かも。
そしてスペインも私がいない間に着替えたらしく、黒いタキシードを着ていた。
スペインはなかなかちゃんとした格好をしないから、その姿は本当に珍しかった。
タキシードを着たスペインは本当に素敵だった。
「スペインも、かっこいいよ」
「ありがとなー」
なんだか少し照れくさかった。少し赤色に染まった頬を隠すかのように軽くうつむいた。
最近の私と言えば、笑うことも、泣くことも、怒ることも、哀しむこともないことが続いたから
今日みたいに表情を帰るのは本当に久しぶりのことだった。
スペインも今日はずっと楽しそうにしてくれている。スペインはずっと私を気遣ってくれていたから、
ここ最近の彼の笑った顔はどこか悲しさが含まれていた気がする。
私はスペインのこの曇りのない笑顔が好きだったのに今までなんてことをしてきたんだろうか。
「じゃあいくで」
「え?」
「ええから、今だけは俺のお姫様でいてな?」
低く甘い声でスペインは私に手を差し出しながらそう言った。
その動作はまるで絵本に出てくる王子様みたい。
彼の手をとれば、優しくエスコートしてくれる。
誰もいない、誰も私たちの邪魔をしない。
私と、スペインの二人だけ。まるで永遠のような時間がながれる。
突然、スペインはステップを止めたかと思えば私の腕をひいて強い力で抱きしめられた。
「どうしたの」と聞こうとしたけれど、それは彼がまるで
誰かに語りかけるような声で紡ぎだした歌声によって遮られてしまった。
―――
「それ、何の歌?」
「セレナーデ、って言うんやって」
「セレナーデってなあに?」
「愛しい恋人を想って歌うもんなんやって、ロマンチックやろ」
私のことを想って歌ってくれたそれは、とても綺麗だった。
終わりへの時間が迫っていることに目をつむって、今だけを見つめる。
永遠のようにみえた時間も、もうそろそろ限界だと思うから。
暖かくて大きなその手で私の頭をそっと撫でてくれる。
その1つ1つの動きはまるで壊れ物を扱うかのように優しかった。
私の視界に広がるのは、スペインが着ているタキシードの黒だけだった。
ゆっくりと手を動かして、彼の背に手をまわす。
こうやって抱きしめるのも、抱きしめてもらうのも最後、ね。
「、聞いたって」
「なに?」
「笑わんといてよ」
「うん」
「に出会ったあの日から、俺の大切な恋人はだけや」
相変わらず、私から見えるのは黒だけで、彼の表情は見えなかった。
それでもその言葉が深く私の胸につきささった。
あぁ、彼もまた私と同じように終わりを感じているのだ。
スペインも私もさよならの時間を止めることはできない。
変えることのできない未来に絶望しながら、ただひたすら今にしがみついていくしかない。
スペインの胸に手を当てて、ほんの少しだけ距離を離す。彼の顔が、見たかった。
「私も、私もスペインだけだよ」
「……あかん、今世界一幸せやわ」
いつの間にカぼろぼろと涙がこぼれていた。
初めてその別れを知ってたくさん泣いたあの日以来、ずっと我慢してきたものがあふれかえってきた。
悲しいも、寂しいも、苦しいも、つらいも、涙も、あなたに対する愛しい気持ちも全て。
スペインは笑っていたけど、やはりどこか苦しくてつらそうだった。
あなたにこんな顔似合わないのに、笑っていてほしいのに、私がそうさせてしまう。
私のことをこんなにも想ってくれる人がいて、幸せだった。
スペインに会えてよかった、本当によかった。
たくさん愛してくれてありがとう、好きになってくれてありがとう。
私もあなたに会えて嬉しかった。好きよ、きっとこの先もスペインのこと、好きでいるから。
2人で過ごした時間はとても短かったけれど、とても幸せな時間だった。
さようなら愛しい人、どうかお元気で。
部屋の大きな窓から見える空はたくさんの星が輝いていてとても綺麗だった。