さよならの前の君に告ぐ




俺には好きな人がいます。めっちゃかわええいい子です。
なんでも手伝ってくれるし器量はいいし本当に手放したくない大事な子。
名前はといって、ちっこくて、細くて、さらさらの黒色の少し長めの髪に、
白い肌の可愛らしい女の子です。ちょっと控え目なとこもグっときます。
くるくる変わる表情は見ていてあきない。
絶対に手放さないって、決めたんや。ほんとやで。
長い時を共有するのが無理なのは俺ももわかっとる。
それでも彼女が生きている間だけは、
傍におるのは俺だけでええと思う。思ってた。
決心が揺らいだんとちゃうよ。ただ俺でもどうしようもないことが、あるだけや。
上司がもう一緒におったらあかんて、お遊びはいい加減にしろって。
ひどない?俺はのこと、お遊びだなんていっぺんも思ったことない。
ちゃんと愛してるのに。何がそんなにあかんの。
国と人が恋をすることの、何があかんの。
ある日俺の上司は勝手にに居れと別れろって言ったらしい。
俺が仕事を終えて、いつもどおりの元へ行ったら、泣いとった。
きれいな目から、透明の涙をぼろぼろこぼしてずっと俺の名前を呼んでいた。
胸が張り裂けそうやった。同時に、上司の意見を曲げられない自分に腹が立った。
あの時の俺はすごく情けない男やったと思う。
好きな女を泣かせるなんて、守れないだなんて、本当にかっこ悪い。
数日後にはぱたりと泣かなくなった。笑わなくもなった。
口数も減った。彼女をこんな風にしてしまうなんて、あの上司絶対許さへん。
(一番許せないのは俺やけど)




それはオレンジ色の光が眩しい夕方だった。
大きな木の下で、ぼうっとしていたに1つの約束を取り付けるために
物音をなるべくたてないようゆっくりとの後ろに近づいた。
」とそっと小さめの声で話しかければ、彼女は少し肩をびくつかせた。
俺はそれを小動物みたいやなぁと思いながら話を続けた。




「なぁ、今日の夜、ご飯食べたら、二人で舞踏会せん?」

「二人で?」

「そう、二人。他は誰も呼ばん。ロマも、フランスも、プーちゃんも」

「本当?」




はちょっとびっくりしてるみたいだった。
そりゃあ、いきなり舞踏会なんて言われたら、誰だって不思議に思うだろう。
このご時世に。(舞踏会をやるような時代は遠い昔に過ぎ去った)
の顔を見ながら、すっと隣に腰掛け俺はまた話を続けた。
空はどんどん濃い色にかわっていく。




「俺が、嘘つくと思うん?」

「……思わないよ」

「じゃあ約束な!絶対やで!」

「うん」




ほんの少しだけ、彼女が笑ってくれた。それを見て俺も嬉しくなってにっこり笑った。
ここ最近ずっと無表情やったが笑ってくれた、それはとても大きな進歩だと思う。
やっぱり無表情よりも、笑った顔が一番いい。
笑っている顔が一番似合っていてかわええ!
好きや、好きや、やっぱりのことめっちゃ好きや!!




「っ、愛しとる!親分はずっとのこと愛してるからな!!」

「え、あ、その、ありがとう……」




にガバッと抱きついてめいいっぱいぎゅってした。
は「くるしい!」って言っとったけれど、今だけは知らんぷりや。
今日の夜はきっと、今までで一番素敵な日になるに違いない。
まずはと一緒においしいご飯を作って、
食べ終わってからちょっと落ち着いたら二人だけの舞踏会。
俺と以外誰も、使用人でさえもいない場所で二人だけで踊るんや。
メイドに担でにドレスを着せてもいいかもしれない。
は可愛いからきっとよう似合うに違いない。
俺も合わせてちゃんとした服を着たら、は褒めてくれるやろか。
色々考えながら、立ち上がり、「家に戻ろか」と声をかけても立たせて一緒に家に戻る。
オレンジ色でいっぱいに染まった空もだんだん夜に近づいてきて、
今度はたくさんのランベンダー色になっていた。
星も少しずつ見えてきている。今日の夜空もまた、星や月が綺麗に輝くのだろう。




「手、つなぎたい」

「ええよ、ほら」




はゆっくりと俺の手を握ってきた。白くて、細くて、その手はとても美しかった。
あぁ神様。そこにおるなら俺の話を聞いたってください。
叶わないことはわかっとります、それでも話をちょっとでいいので聞いたってください。
が俺と同じ国やったらよかったのにって思うんです。
俺がと同じ人やったらよかったのにって思うんです。
短い時間やったけど、と俺を出会わせてくれたのは感謝しとります。
ただこんな愛しい子とさよならせなあかんって、ちょっとひどないですか。(それも、もう明日だなんて)





世界が夜に沈んでいくなか二人の足音だけが、耳に響いた。