「、ちょっと手だして」
「なんで?」
「いいから、ほら。あ、右手じゃなくて左手」
急になんだろう、疑問に思いながら言われた通り左手を差し出すと、
彼はそっと薬指に綺麗な指輪をはめてくれた。
派手なものではなく、シンプルだけど、とても素敵なものだった。
私は驚いて、フランシスに「どうしたの」と言った。
「シンプルだけど、いいでしょ。に似合いそうだったから」
「うん、でも、いいの?」
「いいの。これぐらいしかできないけどね」
「ありがとう、ちょっと恥ずかしいけど……」
「本当だ、顔が赤いね」
「み、見ちゃだめ!」
フランシスは笑っていた。私も恥ずかしいけど嬉しくて仕方なかった。
大事にされてるんだなって思うと、どきどきするのが止まらなくなる。
今度私からもフランシスに何かあげよう。喜んでくれるかな。
自然な動作でフランシスが抱きしめてくれる。
顔のほてりが冷めないまま、私はおとなしくフランシスに体を預けた。
「喜んでもらえてお兄さんなにより」
「喜ばないわけないよ、嬉しいに決まってるもの」
「この広い世界の中で、俺が愛してるのはだけだよ」
「すぐそうやって恥ずかしいこと言う……」
「は言ってくれないの?」
「……好き」
エリザと会ってから、私は家へ戻った。部屋を片付けて、もう明日には出ていく。
大家さんにお礼を言ったり、仲良くなったご近所さんにも挨拶した。
「ちゃんがいなくなるのは寂しい」とか、「また来てね」とかたくさん言葉をかけてもらった。
この国の人たちはみな優しい。なぜなら、この国がきっと素敵な人だからだろう。
フランシス、あなたはとても素敵な国ね。
日が傾いてきて、空はオレンジ色に染まる。もうすぐ夜だ。そして日が昇れば、私はもうこの場所にはいない。
日本に戻るのは久しぶりだ。向こうに戻ったら、久しぶりに菊さんに挨拶をしに行こう。
ちょっとお話もしよう、話をしたいことはいっぱいある。なんて言うかな、菊さん。私、怒られちゃうかな。
若い人がそんなにふらふらしてはいけませんよって。菊さんなら言いそう。
きれいに片付いたお部屋で、一人でお茶をしながらあれこれ考えてみる。
フランシスからもらったものは全部、処分することにした。
きっぱりとけじめをつけるために。いつまでもずるずる引きずってはいられないから。
それでも、どうしても、左手の薬指にはめられた指輪だけは捨てることができなかった。
結婚もしていないのに、指輪だなんて。もらったときはちょっと恥ずかしかったし、同時に嬉しかった。
彼とは結婚なんてできないけれど、私にはこれで十分だった。その時はね。
今となってはもう過去のお話なんだけど。
捨てるぐらいの軽い気持ちだったなら、こんな指輪よこさなければよかったのに。
引きずっていられないとか言いながら、私は結局引きずってしまうのだ。
思い出はすべて、この国へおいていくつもりだったのに、彼はいつまでも私を捕えて離さない。
そうやって私はいつまでも迷子のまま抜け出せなくなってしまうのだ。
この場所に、あなたに、さよならをしても心はまだそれを許さない。